大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成2年(行ク)1号 決定

主文

一  申立人申請に係る平成二年三月一日の京都府立勤労会館大ホール及び第九会議室の使用について、被申立人が平成二年二月二日付でした右使用承認取消処分の効力を停止する。

二  申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一  申立人の本件申立の趣旨及び理由は、別紙1に記載のとおりであり、被申立人のこれに対する意見は、別紙2に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録、審尋の結果によれば、被申立人は、京都府立勤労会館条例(以下「条例」という)に基づき、京都府勤労会館(以下「会館」という)の管理権を有すること、申立人は、平成元年度全国教育研究集会を開催するため、被申立人に対し、平成元年一二月八日、使用内容・教育研究集会、入場予定人員一、二〇〇名、使用期間・平成二年三月一日午前九時から午後九時三〇分まで、使用場所・会館大ホール及び第九会議室、主催団体・申立人とする会館の使用申請をしたこと、この申請に対し、平成元年一二月八日、被申立人が、その使用を承認し、その後、同月一八日、被申立人が、全国集会を行なうのであれば申請書の使用内容と異なるなどとして申立人の使用に疑義を述べ、申立人と被申立人との間で数回話し合いがもたれたが、平成二年二月二日、被申立人は、京都府立勤労会館条例施行規則(以下「規則」という)二条三号、四号に基づき、申立人申請に係る会館使用承認を取り消して、同日申立人書記長らに口頭でこれを告知するとともに、取消通知書を申立人宛に郵送し、同月六日、申立人がこれを受領したこと、申立人は、既にポスター等の印刷を終え、各県組織に送付・掲示し、出席者などに案内を出して、宿泊施設及び三月二日以降の分科会会場も手配していることが認められる。

右認定の申立人の集会の規模、開催日時の切迫性、準備の状況等に照らすと、右使用承認取消処分により、行政事件訴訟法二五条二項所定の申立人が回復困難な損害を避けるため緊急の必要があることが明らかである。

2  本案について理由がないとみえるかどうか検討する。

(一)  被申立人は、不服申立前置主義(地方自治法二五六条)違反をいうが、本件は、前示1認定の事実に照らし行政事件訴訟法八条二項二号に該当すると認められるから、被申立人の主張は理由がない。

(二)  被申立人は、本件使用承認取消は、規則二条四号(会館の管理上支障がある場合の取消)に当たると主張する。

集会、言論は、憲法二一条に基づき表現の自由として保障され、集会をしようとする者は、公の施設の管理者たる国又は公共団体に対し、公の施設の利用を要求できる権利を有する(地方自治法二四四条二項)。

京都府が設置し、被申立人が管理する会館は、条例上、勤労者の福祉の増進を図る目的で設立されているが(条例一条)、その設備の状況、主として広く住民に対する会議場の貸与をその業務としている現実の利用形態に照らすと、その実質は、一般に行なわれる集会等の表現活動と密接に結び付いた施設として設立、運営されているもので、その性質は、公会堂に準ずる機能を有するもの(いわゆるセミ・パブリック・フォーラム)と認められ、地方自治法二四四条二項にいう公の施設に当たるというべきであって、被申立人は、正当な理由がない限り、申立人の利用を拒むことができない。

被申立人は、申立人の思想、行動を敵視する右翼団体の妨害行動により会館の周辺での混乱が避けられない、とくに、当日近隣の学校の入学試験があること等を主張するが、およそ表現の自由ないしその一つである集会の自由は、日本国憲法のとる民主主義の根幹をなし、民主主義社会を支える基礎をなすものであって、公権力はもとより、他の個々人又はその集団から憎まれ、排撃される言論ないし集会を保障することにこそ表現の自由を保障する意義がある。もし、反対勢力ないし団体の違法な妨害行為を規制することの困難さやそのための出費を理由として安易に集会や言論の制限を許すならば、結局それは間接的にせよ集会やそこで行なわれる言論の内容が右反対勢力に嫌悪されていることによる規制を行なう途を拓くことになり、憲法の保障する集会ないし言論の自由の趣旨に反する。このような場合、国又は地方公共団体が右の反対勢力による違法な実力行使を規制し、治安を維持して、集会、言論が平穏裡に行なわれるようにすることが、集会、言論が保障された民主制社会の治安を維持すべき国又は地方公共団体の責務でもある。したがって、被申立人の主張する右事由は地方自治法二四四条二項の公の施設の利用を拒むことができる正当な理由に当たらない。

(三)  更に、被申立人は、申立人の申請が規則二条三号(偽りその他の不正手段により使用承認を受けた)に当たるから、被申立人の使用承認取消は理由があると主張するが、申立人の申請が、当初から全国集会である旨を明示したとしても、前示のとおり、集会の自由の保障の趣旨に鑑み、被申立人の主張するような右翼団体の妨害行動による混乱が、地方自治法二四四条二項所定の正当な理由にあたるものとはいえないから、もともと、このことを理由に申立人の利用を拒むことはできないものである。したがって、本件申請書に全国教研集会と明記されていないことをもって、規則二条三号にいう「偽りその他の不正手段により承認を受けた」とはいえず、これを理由とする使用承認取消はその理由がない。

(四)  よって、被申立人が規則二条三号、四号により、会館の使用許可を取り消したことは、右規則の適用を誤り、地方自治法二四四条二項にいう正当な理由がないのに公の施設の利用を拒んだものであって、違法である(最判昭和五四・七・五、裁判集民事一二七号一三六頁参照)。したがって、本件において行政事件訴訟法二五条三項後段所定の本案について理由がないとみえる場合に当たるとはいえない。

3  行政事件訴訟法二五条三項所定の公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれについて検討する。

被申立人は、右翼団体らの妨害行動による混乱により、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。しかし、前述のとおり、憲法が集会の自由を保障する趣旨に照らし、右翼などの妨害行為を理由に、集会の開催を制限することは許されず、本件において、民主主義の基底をなす集会、言論の自由というきわめて重要な基本的人権の制限を許すに足るほど公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事実は本件全疎明資料をもっても認められない。

三  結論

よって、申立人の本件申立は理由があるからこれを認容することとし、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅 英昇 裁判官 堀内照美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例